浅葉克己デザイン室は、昔から面白い雑貨や印刷物が部屋中にあふれていた。現在の建物を設計したのはイタリアの建築家アルド・ロッシ氏だが、以前は普通の2階建ての一軒家で、庭には犬のトキオが訪問者を迎えていて、西武の広告に登場したこともある。浅葉事務所が手掛けた西武百貨店の広告は、ブランドや店舗、浅葉氏が「ドサまわり」と称する地方店開店やリニューアル、西武セゾングループの企業広告、そして誰もが思い起こす年間テーマキャンペーンなど数多いが全店共通チラシまでも手掛けていた。ブランド広告ではテッドラピドスから始まり、浅葉氏がロゴマークを手掛けたスポーツ館関連では、ボルグ、コナーズ、ペレなどスポーツ界のスーパースターをキャラクターに使用し、海外ロケ撮影が主だった。ビヨルン・ボルグは実際にボルグという商標のカジュアルウエアも開発し、その媒体も制作した。西武オリジナル紳士服のヴァリエではイタリアポストモダンデザイナーのメンフィスのソットサスはじめ主要メンバーを広告媒体に登場させた。西武百貨店は代理店を使わずに制作物を作るため、毎週数多くの西武の販促メンバーや糸井重里氏などがそれぞれの仕事のために浅葉事務所に集まっていた。地方店改装では函館から福井、浜松、西友百貨店事業部の西武名店舗の春日井や藤沢、甲府の媒体も製作していた。なかでも大津のネッシーを使った広告は大きな話題になった。西武流通グループ広告は月一回の新聞広告で、堤清二氏の考えである「個人が一番情報を持っている」という視点から、堤氏に近い芸能人や作家やアーティスト、評論家などを撮影で取上げることも多かった。百貨店のテーマ広告はセゾングループの企業広告や催事ポスター、ブランドポスターなどと同時進行していたため、販促メンバーがそれぞれの仕事を持ち込み、毎日のように徹夜仕事になった。話題になった西武渋谷店改装の「ふれてほしい。」はシスティーナ礼拝堂の二人の人物の手のクローズアップだが、指の間に稲妻が走っている絵が横山明氏のイラストで描き上げられた。催事の七人の個性展は、伊丹十三、浅井慎平、山藤章二、中山千夏、小沢昭一など雑誌「話の特集」と組んだクリエイターやアーティストの展覧会だったが、こういったクリエイターの個展催事は催事場で良く開催され、それらのポスターも製作されていて、毎月のように面白いイベントが開催されていた。年間テーマキャンペーンは最初は西村佳也氏と組んだ1979年の「女の時代か」から始まった。女性の社会進出に合わせたテーマで当時話題となった。1980年には池袋9期改装の年で、この年から糸井重里氏と組んだテーマキャンペーンが始まり、池袋全館を数人がかりの細密イラストで作る一方、「じぶん新発見。」のあかちゃんスイミングを撮影した。あの時泳いでいたあかちゃんのお母さんは、この子はもうプロとして泳いで写真に出たからオリンピックには出られないだろうと言っていたと思い出す。浅葉は「堤清二氏へのプレゼンテーションで何度もサンシャイン60の本部に行ったが、堤氏はクリエイターたちと話す事を好んでくれて、情報収集のために気になる事を次々質問してくれたのがうれしかった。」と言う。81年は「不思議大好き。」でこの年に予定されていたエジプト展と連動するイメージだった。ピラミッドの前に隊商の行列が出てきたり、アブシンベル宮殿の前で水着女性モデルがジャンプしたりするヴィジュアルを撮った。不思議な場所ということで、その後英国のストーンヘンジにもロケに行った。このころは海外ロケが多く、それは人々のあこがれや非日常感をだすために海外イメージが使われていたからだと思う。この年計画されていたエジプト展では、目玉展示物のツタンカーメンの棺桶が日本に来る前にドイツでひびが入り日本で展示できなかった。この時のお土産のスカラベが今も浅葉のテーブルの上にはある。そして次が「おいしい生活。」この年は池袋本店食品館の誕生もあったが、ウッディアレンの撮影をニューヨークで行うため、ちゃぶ台や茶箪笥や書道用具などをニューヨークに持ち込んだ。ウッディアレンに習字をしてもらおうと、お手本を書いて渡したら、見様見真似で「おいしい生活。」と書いた書がすごくうまいので驚いた。すごい才能だと思った。浅葉は1964年のライトパブリシティ入社以前にタイポグラファーの佐藤敬之輔氏の下で5年間タイポグラフィーに取組んで以来、文字には強い関心があり、トンパ文字や西夏文字など知られざる世界の文字を紹介し文字の面白さをデザインに取り込むことを続けてきた。今のデザイナーは書をやらないとだめだと思う。僕は今も毎日書を書き、日記もすべて手書きで書いている。先日、篠田正浩監督のお墓の文字も頼まれて作った。自分のキャリアの中で西武の仕事があったことには感謝している。当時の若いスタッフ、大木君や高田君も非常に忙しかったが、印刷物はどこの会社も多かった。今は印刷媒体も少なくなりタイポグラフィへの関心も薄くなった。またロケなどを伴う大きな広告の仕事を出すスポンサーも少なくなった。その一方で文化関係の仕事は続いている。最近は毎年全国地方都市で開催するエンジン01(ゼロワン)文化戦略会議を加賀で開催した。各界の文化人が講演を行う年一回のイベントであり、僕は書道と卓球の講座を開催。卓球はもう一つの自分の生活の一部であるからだが、僕と十文字美信で設立した卓球団体のキングコングは設立50年を迎え、50代以上の部では何度も全国制覇している。昔から、海外ロケの際には必ずラケット持参で行き、その国の選手と必ず試合をしていた。今も書道とならぶ自分の特技になっている。このエンジン01文化戦略会議は三枝成彰と立ち上げた文化会議で第1回の高野山から始まり毎年一回、既に全国で30回以上開催しており、今も継続開催している。
G11
アートディレクター、浅葉克己デザイン室
浅葉克己
(撮影日:2025/09/30)
