林牧人氏は1981年西武百貨店文化事業部に入社した。入社2年前に林氏は伝説の現代美術を扱う画廊、南画廊に入社していて、ここの最大のお得意様だったのが西武美術館だった。しかしここのオーナーが急死したため、画廊も閉鎖となり、これからも現代美術に力を入れていきたいという紀国役員からの誘いで西武の文化事業部に入社した。文化事業部籍となって、まず西武美術館のオランダ近代美術展を最初に手掛けた。カタログ製作を東京新聞の担当者の方と一緒に取組んだ。自分が担当した企画ではないが、当時面白かったのはボテロ展であり、最近都内の美術館では日本初公開などと言っていたが、これは1980年代に西武美術館で既に開催していた。フランス、ヌーボーリアリストのセザールやアルマンも日本初公開であった。自分でもクルト・シュヴィッターズなどを手掛けた。イブ・クラインは1年程準備にかけた。遺族の方々とコンタクトして東野芳明さんと一緒にあちこちの美術館を回って作品を借りた。ニューアート西武の芦野さんの提案でインターナショナル・クライン・ブルーの顔料の輸入販売も行った。
美術の専門家として西武美術館に勤めていた自分に急に渋谷に作るシード館、現在の公園通りの無印館の最上階10階に多目的ホールを作るので、ここに行くよう紀国役員と渋谷水野店長から指示が出た。自分は美術以外知らないと言って固辞したが、水野店長は何よりコンセプトが重要なのでそれを作ってほしいと説得された。セゾンは各営業拠点にそれぞれ時代精神を表す文化情報発信拠点を作ってきたので、渋谷にも必要だというのが会社の方針だったようだ。杮落しには如月小春の音楽パフォーマンスやセゾン劇場のために来日していた英国シェークスピア演劇の演出家のワークショップなどもあり、自分でサウンドの調整卓を調整したり、後には35mm映画映写機を操作したり色々なことを体験した。自分はやったことがないというと各専門家の方々が親切に教えてくれ、とても勉強になって仕事の幅が広がった。寺山修司氏の万有引力の公演では音楽家のJ.A.シーザー氏が夜中まで延々と練習を続けるのをやめさせるわけにもいかず、これでは体が持たないと思った。当然西武渋谷店やシード館の関連イベントも多く、アーストンボラージュの佐藤孝信氏のファッションショーや英国デザイナーザンドラ・ローズのファッションショーも開催した。一流のショー演出で素晴らしい物だった。スペーン展と連動したウーカレレの個展など海外催事と連動した企画も多く開催した。音楽や映画やワークショップや演劇や絵画展など時代の先端を行く企画が初年度から年間100本近く連打し、寝る暇もなかった。
アートで印象的だったのはウィリアム・バローズのショットガンペインティング、ブライアン・イーノのアンビエントミュージックを使ったアンビエントムービーなど。しかしこれらは本国からキュレーター付で来た企画だったので、自分たちの仕事は案外楽だった。一方印象的だったのはクロソウスキー展。多目的ホールらしい企画にしようと力を入れ、シンポジウム、演劇、映画、アート展とフルセットの企画に仕立て上げた。最初のクロソウスキーについてのシンポジウムは浅田彰氏の対談を仕込んだら入場者が多くて入りきれなかった。次のクロソウスキーテーマの演劇も難解なものだったが大入りで、次に実際のクロソウスキー夫妻を撮った映画はまあまあの入り、最後のアート展は、これこそが本題なのに大した入場者ではなく、これが当時の若者文化の難解さを求めるトレンドだったのかもしれない。
ギーガー展も印象深い。120人位しか入らないホールに1日1000人以上つめかけた。ギーガーは黒ずくめ装束で強面の印象だが、実は本人は人の好いオジサンであり、マネージャーがオドロオドロした強面のスタイルで怖そうな印象を演出していた。ギーガーはELPのアルバムジャケットや大ヒット映画エイリアンのセットを作って怖い印象のイメージを作るアーティストだった。
田中一光氏からの持ち込み企画のイライヤ・エリセ(?)の展覧会もやったがカタログは作れなかった。最近亡くなった戸村浩さんの個展もやった。横尾忠則氏の版画展は当時の主要作品を殆ど網羅していた。池袋ロフトフォーラムでも横尾さんの滝の展覧会をやっていたが、横尾さんの作品は常に変化し続けていた。荒木経惟さんの展覧会は、シードの直前にパルコで開催した荒木展が猥褻物陳列扱いされて、パルコの現場担当者が逮捕されてしまい、二の舞になることを恐れた荒井販促部長から、十分注意するよう指示があったが荒木氏は「大丈夫、大丈夫。ちゃんと言う通りにやるから!」と請負ってくれた。今でこそ荒木氏の作品は世界中で価格高騰し、奪い合いの人気だが、当時は過激さが売りだった。多摩ヴィヴァンは東野芳明さんが力を入れてやってくれていた良い展覧会だったが、客の入りは今一つだった。アート業界の方々にとっては今でも語り草の企画はたくさんあったが、一般の方々にとってはすっかり忘れられていると思う。
自分がシードホール在任中企画し、離れた後に着地した企画も多い。濱田さんが着地してくれたものも多いが、ダンスパフォーマンスや大人計画や宮沢章夫さんの演劇もあった。アニメーション映画「木を植えた男」は鋭い文明批評作品で、パイオニアさんからの持ち込み企画だったが、生前の手塚治虫氏から電話が入り、素晴らしい作品なので、自分も何かやらせてほしいというご本人からのお申し出をいただいたので、講演会を開催したら、大人気大入りだった。これは手塚さんが亡くなる前年のことだった。他にも大きなアート展は文化事業部が計画し、西武美術館、のちのセゾン美術館と分担して開催したものも多く、ニューペインティングではロバート・ロンゴやジュリアン・シュナーベルなど当時最先端の世界のアート作品を数多く開催した。
展覧会
マーク・コスタビ展 1986.3.27-4.15 ※マーク・コスタビ来日/生きている井上有一展 1986.6.12-20/ハワイアン アーティスト イン シード 1986.8.28-9.15/TAMA VIVANT86「溶け始めた、索引」 1986/田名網敬一展「空中回廊」 1986/H・R・ギーガー展 1987.2.27-3.24 ※H・R・ギーガー来日/広川泰士写真展「Sonomama Sonomama」1987.6.25-7.7/稲越功一写真展「記憶都市」 1987.10.15-25/大山千賀子写真展「Obsession」 1987/脇田愛二郎展「螺旋」 1987.11.19-12.1/沢田研二展 1987.12/ブルース・オズボーン写真展「親子」/スタシス展「スタシスの仮面 -遥かなるリトアニアへ」 ※スタシス・エイドゥリゲィチウス来日/TAMA VIVANT87「ものからものがたりへ」 1987.9.17-29/クロソウスキー展 1988/アレックス・カッツ展 1988.5.13-6.7 ※アレックス・カッツ来日/TAMA VIVANT88「世界の模型」 1988.9.22-10.4/サム・ショー写真展 マリリン・モンロー 1989/ミーハーレーション田中親 1989.1.26-31/田名網敬一展「森の掟」 1989/トーマス・バイルレ展 1989.2.10-28/ブライアン・イーノ展 1989.8 ※ブライアン・イーノ来日/TAMA VIVANT89「入れ子・反復・レファランス」 1989/アイダ・アップルブルーグ展 1990 ※アイダ・アップルブルーグ来日/ウィリアム・バロウズ展「Shot Gun Painting」 1990.6.14-7.3/戸村浩展「天才は忘れた頃にやってくる」 1990/ポール・ジャクレイ木版画展 12.3-15/TAMA VIVANT90「あいまいな次元」 1990/TAMA VIVANT91「風景の身振り」 1991/ステファン・ロロフ展 1992 ※ステファン・ロロフ来日/TAMA VIVANT92「グラマラス/壁からの手紙」 1992/吉田カツ展「BOOKS」 1993/荒木経惟写真展「色景」 1991?
演劇公演
如月小春 1986.2/万有引力「草迷宮」1986.5.3-6/「ファンタスティック」 1986/コメディア・デラルテ/万有引力「砂のカタツムリ」1986.11.22-12.2/はいりとひとみのこんにちわ公演「かごの鳥」1987.1.30-2.8/ティナノザウルス旗揚公演 1987.9.3-15/「ハムレットを撃て」1988.1.14-26/流山児★事務所「嘘・夢・花の物語」1988.6.10-20/佐野勝也[イェルマ]1988.7.14-15/宮城聡「ミヤギサトシショー」 1988.10/遊◎機械/全自動シアター/SEASON OFFシアターらいぶ Part III」1988.12/「お月さまへようこそ」1990.6.2-12/青春五月党「向日葵の柩」1991.6.21-25/大人計画「サエキナイト ムーディーを探せ!!!」1991.11.21-26/リリパット・アーミー「冗奇談 蒼き月影、集りし夜。」1991.11.28-12.3/少年王者館「カオルミナト」1991.12.5-8/健康「SUNDAY AFTERNOON」1991.12.14-25/青年団「さよならだけが人生か」1992.5/遊園地再生事業団「ヒネミ」1992.11.27-12.8/MOTHER「フラクタルメモリー」1993.3.4-9/新宿梁山泊「それからの夏」1993.7.2-12/山の手事情社「私の考える演劇」1993.11.05-23/青年団プロデュース「思い出せない夢のいくつか」1994.2.04-15/TBプラネット「ストローマン」1994.5.12-17/第三エロチカ「クリシェ」1994.6.17-28/アンファンテリブルエリート「主婦マリーがしたこと」1994.7.15-26/青い鳥 天衣織女ひとり芝居「ブルゥー」1994.10/時々自動「M->m」1994.10/ロマンチカ「メディア」 1994.11.19-12.11/「エリゼ‐なつかしきうるわしきその名を呼べば‐」 1995.2.3-6
ダンス公演
孔玉振「四物散調」1986/滑川五郎「DARK BOX」‐闇の中の庭園/和栗由紀夫「日月譚」1993.1/山田せつ子「FATHER」1992/nest「Camouflage」1993.9.20-27/珍しいキノコ舞踊団「これを頼りにしないで下さい」1993.10.1-05/H・R・カオス「秘密クラブ…浮遊する天使たちver002」1993.10.08-11/Et in terra pax[nou ru:m] 1994.7.4-11/時々自動「M→m」1994.9.24-10.2
コンサート
近藤等則「KONTON」1986/ラビ「バランシン・ラビ」1986/レイノルド&カメリア 1986/ショコラータ 1986/ラミン・コンテ 1986/平山みき 1986/パール兄弟/未来派/ベツニ・ナンモ・クレズマー「Doina ~哀歌~ クレズマー音楽劇」1995.2.11-19
落語
立川志の輔
ロードショー作品
「彼と彼 とても大きな水しぶき」(ジャック・ハザン監督/GAGA)1986.4/「グレート・ウォール」(ピーター・ワン監督/トドプレス)1987.7.13-8.31/「黄金の肉体 ゴーギャンの夢」(ヘニング・カールセン/シネマテン,フジテレビ)1988.7.16-/「ニューヨーカーの青い鳥」(ロバート・アルトマン監督/シネマテン)1988/「死への逃避行」(クロード・ミレール監督/大映)1989.3/「ストーミー・マンディ」(マイク・フィギス監督/東北新社)1989.7/「いつか見た風景」(プピ・アヴァティ監督/松竹富士)1989/「ハルムスの幻想」(スロボダン・ペシチ監督/ケイブルホーグ)1989.11/「カンフー・マスター」(アニエス・ヴァルダ監督/ユーロスペース)1990.3/「黄金の夢」(ナンニ・モレッティ監督/新日本映画社)1990/「ビアンカ」(ナンニ・モレッティ/新日本映画社)1990/「青春のくずやおはらい」(ナンニ・モレッティ/新日本映画社)1990/「グランドゼロ」(マイケル・パティンソン監督/コムストileruma ック)1990.7/「マパンツラ」(オリバー・シュミッツ監督/アップリンク)1990.7 ※オリバー・シュミッツ来日/「ブルーウォーターで乾杯」(ピーター・マスターソン監督/東北新社)/「天国は待ってくれる」(エルンスト・ルビッチ監督/プレノン・アッシュ)1990.8.9-/「ブラック・ムーン」(ルイ・マル監督/ケイブルホーグ)1990/「バンカー・パレス・ホテル」(エンキ・ビラル監督/巴里映画)1991.2/「ファースト・デート」(ピーター・ワン監督/コムストック)1991.8/「月の子ども」(アウグスティン・ビラロンガ監督/巴里映画)1992.4/「バード」(リム・チャンボム監督/上映委員会)/「地獄の警備員」(黒沢清監督/アテネフランセ)1992.6.13-/「傾城之恋」(アン・ホイ監督/プレノン・アッシュ)1992.7/「きらい・じゃないよ2」(内田栄一監督)1992.11.6-/「ラストファンタジー」(アルノー・セリニャック監督/コムストック)1993.5/「唇からナイフ」(ジョセフ・ロージー監督/日本ヘラルド)1993.7/「ジョアンナ」(マイケル・サーン監督/日本ヘラルド)1993.8.19-/「リビング・エンド」(グレッグ・アラキ監督/スタンスカンパニー)1993.11/「初国知所之天皇」(原正孝監督)/「東京ジョー」(スチュアート・ヘイスラー監督/日本ヘラルド)1993.12/「恋のたそがれ」(山口貴義監督/FAR EAST FILM)1994.1.14/「危険な友情」(クレール・ドヴェール監督/シネマテン)1994.4/「飾り窓の女」(フリッツ・ラング監督/シネカノン)1994.6/「黄金の七人」(マルコ・ ヴィカリオ監督/日本ヘラルド)1994.7.30-9.2/「続・黄金の七人」(マルコ・ ヴィカリオ監督/日本ヘラルド)1994.9.3-20/「エル・マリアッチ」(ロバート・ロドリゲス監督/ケイブルホーグ)1994/「007 カジノ・ロワイヤル」(ジョン・ヒューストン、他監督/日本ヘラルド)1994.10.15-11.15/「THE PUNK」(マイク・サーン監督/PSC)1994.12.23-1995.1.31
特集上映
寺山修司特集 1986/イギリスの現代美術 1986/ハンガリーシネマフェスティバル 1986【「ハンニバル教授」(ファーブリ・ゾルタン監督)/「丘の上の夏」(バチョー・ペーテル監督)/「止まった時間」(ゴダール・ペーター監督)/「日記」(メサローシュ・マルタ監督)】/オーソン・ウェルズ映画祭 1986/FUN MOVIE, FUN NIGHT 1986/フィルム・ノワール映画祭 1988.2.11-22【「ギャング」/「彼奴を殺せ」/「ベラクルスの男」/「生き残った者の掟」/「冒険者たち」/「さらば友よ」/「最後のアドレス」/「勝負をつけろ」/リスボン特急」/「筋金を入れろ」/「冬の猿」/「蘭の肉体」/「チャオ・パンタン」/「肉体と財産」】/クロソウスキーの世界/李長鎬映画祭【「風吹く良き日」(1980)/「馬鹿宣言」(1983)/「寡婦の舞」(1983)/「膝と膝のあいだ」(1984)/「於宇同」(1985)/「外人球団」(1986)/「旅人は休まない」(1987)/「ミス・ユニコーン」(1989)/マン・レイの映画 私的遊戯の実験 1989.9.14-26【「理性への回帰」(1923)/「エマク・バキア」(1926)/「ひとで」(1928)/「骰子城の神秘」(1929)/「幕間」/(1924)*ルネ・クレール監督/「セルフ・ポートレート」(1930)/「ランド地方の闘牛」(1935)/「ラ・ギャループ」(1937)/「ふたりの女」(1937)/「アネミック・シネマ」(1926)*マルセル・デュシャン監督/「パリの思い出」(1928)/「ルツとバラと拳銃」(1947)】/香港ニューシネマフェス’89 1989.1.2-10【「等待黎明」(梁普智監督)/「男たちの挽歌」(呉宇森監督)/「烈火青春」(譚家明監督)/「監獄風雲」「書剣恩仇録」(許鞍華監督)/「地下情」/「大丈夫日記」/「スプーキー・バンチ」(許鞍華監督)/「ワンダー・ウーマン」/「望郷」(許鞍華監督)/「獣たちの熱い夜」(許鞍華監督)/「ストーリー・ローズ」】/アジアン・アメリカン映画祭 1990.11.29-12.9/山形国際ドキュメンタリー映画祭89特集/アジアン・シネマ・ウィーク/キューバ映画祭【「フルカウント」/「成功した男」/「危険に生きて」/「エル・メガノ」/「はじめて映画を見た日」/「フィルミヌート」シリーズ/「キノスコピオ」シリーズ】/フリクショナル・ムービー・フェス 1989【「烈火青春」/「さよなら再見」/「村と爆弾」/「アリラン」/「出島」/「不思議なクミコ」/「サン・ソレイユ」/「トーキョー・メロディ」/「ガイジン」/「ベルリン忠臣蔵」/「SFソードキル」/「ザ・サムライ」/「ラスト・ウォリアー」】/フリクショナル・ムービー・フェス2 1991/フレデリック・バック特集/リュミエールの世紀 1989/デヴィッド・クローネンバーグ特集【「クライム・オブ・フューチャー」(1970)/「シーバース」(1975)/「ラビット」(1977)/「ザ・ブルード」(1979)/「ファイヤー・ボール」(1980)/「ヴィデオドローム」(1982)/「デッドゾーン」(1983)/「ザ・フライ」(1986)/「戦慄の絆」(1988)、他短編】/アンディ・ウォーホル映画回顧展 1991.7.18-23【キス」/「イート」/「エンパイア」/「ビューティ#2」/「チェルシー・ガールズ」/「ロンサム・カウボーイ」】/朝鮮映画祭 1991【「わが故郷」/「遥かなる木霊」/「怪傑、洪吉童」/「フンブとノルボ」/「朝鮮地図物語」/「春香伝」/「安重根と伊藤博文」】/朝鮮映画祭92「わが家の問題」1992【「わが家の問題」/「姉の問題」/「嫁の問題」】/イメージフォーラム・フェスティバル1987/イメージフォーラム・フェスティバル1988 1988.4.28-5.10/イメージフォーラム・フェスティバル1995/動く絵展/ヴィム・ヴェンダース特集 1992.3【「都会のアリス」(1974)/「さすらい」(1975)/「アメリカの友人」(1977)/「ことの次第」(1982)/「パリ、テキサス」(1984)/「東京画」(1985)/「ベルリン・天使の詩」(1987)】/マイケル・ホイ特集【「香港フライド・ムービー」/「ミスター・ココナッツ」/「フロント・ページ」/フリクショナル・ムービー・フェス3 1993/フリッツ・ラング特集 1994/無声映画鑑賞会「チート」/無声映画鑑賞会「折鶴お千」
イベント
高橋幸宏展/マンボで踊ろうトリハイナイト/東京デルタクラブ/ラップコンテスト
