高島信夫氏は1977年に西武池袋本店4階紳士服飾フロアのパルコ寄りのヤングゾーンに配属された。ヤングゾーンはトラッドのアイビーマート、ヨーロピアンのサンジェルマン、そしてジーンズマートが紳士服飾扱いで …続きを読む
ファッション事業
横井由利氏は1976年にサンローランリブゴーシュに入社した。ここではサンローランのライセンスビジネスの実務を親会社でサンローランのライセンス元の西武百貨店から請け負っていたり、サンローランの店舗販売も …続きを読む
石川隆氏は1969年に元の㈱緑屋(現クレディセゾン)横須賀店入社後に緑屋商品部で13年間にわたり、43店舗分の紳士靴のセントラルバイイングに従事し、売上管理から在庫管理まで担当していた。そのうちに㈱西 …続きを読む
松村はるみ氏は1976年オイルショック後の厳しい就職環境の中、西武百貨店に入社した。当時民間企業では男女同一賃金の業種は百貨店のみであり、銀行などは、最初の会社説明会の段階で、「女子は寿退社するもの」 …続きを読む
1978年横山明浩氏は池袋店婦人雑貨婦人靴売場に入社し4年間の経験を積んだあと、サンシャインの本部商品部婦人雑貨の婦人靴バイヤーを3年、アクセサリーバイヤーを2年程経験したあと、商品開発部の婦人雑貨担 …続きを読む
吉留景子氏は1979年入社。渋谷店配属となり、ファッション中心の渋谷店が、当時は戦略的にライフスタイル志向でインテリア領域を強化し「オーマイ・ダイニング」や「バスデコール」売場が登場していた頃で、これ …続きを読む
斉藤敦夫氏は1985年堤清二氏の文化活動に憧れて西武池袋本店に入社し、婦人雑貨部に配属となり、10年間にわたりハンドバッグ、婦人靴、企画担当など婦人雑貨でキャリアを積んだ。この期間に池袋新1期改装が行 …続きを読む
大木誠氏は1982年入社。西武百貨店宇都宮店改装時期に同期30人とともに宇都宮店に配属され、婦人服飾部のプレタ売場と毛皮売場で5年間の経験を積んだ。その後サンシャイン本部商品部婦人服でインポートを担当 …続きを読む
林牧人氏は1981年西武百貨店文化事業部に入社した。入社2年前に林氏は伝説の現代美術を扱う画廊、南画廊に入社していて、ここの最大のお得意様だったのが西武美術館だった。しかしここのオーナーが急死したため …続きを読む
斉藤均司氏は1970年、池袋本店紳士ヤング売場に入社した。9期改装前の紳士フロアは2階にあった。当時の競合百貨店にはヤング売場という売場はまだ存在しない時代であり、百貨店初のVANや百貨店初のジーンズ …続きを読む
田中世津子氏は1981年6月にアルバイトから正社員として西武百貨店に入社した。バイヤー志望であったが、最初は渋谷店ユーロブティックでハンティングワールドを担当。当時B館2階にあったユーロブティックでは …続きを読む
米谷浩氏は昭和33年1958年大卒3期生として西武百貨店入社。同期は10人ほどで早大卒が多かった。紳士服に配属され、後39歳で取締役商品部長。米国シアーズに2週間の研修に行った後に池袋9期増床の構造改 …続きを読む
塩原徹氏は五十嵐九十九先生に憧れて、1971年西武渋谷店にテーラーとして入社。五十嵐氏が亡くなるまで行き来していた。1975年、渋谷店にもヨーロッパ直輸入既製服を販売するショップ販売部ができたため、高 …続きを読む
今井亮氏は1959年(S34)年入社の大卒4期生。上には1期竹内氏、2期和田氏、3期米谷氏がいた。不景気で西武には大卒で730人応募があったが入社は19人だけだった。自分は三越でアルバイト経験があり、 …続きを読む
貿易を学び商社や百貨店志望だった望月明氏は1964年池袋店火災の翌年、渋谷店開業を控えた西武百貨店に入社した。堤店長率いる西武百貨店は池袋1店舗であった。最初は池袋店紳士ヤングカジュアル係に配属。 …続きを読む
濱田雄治氏は1977年入社で渋谷店趣味雑貨に3年勤務の後、渋谷店営業開発部新館プロジェクト担当としてシード、ロフトの開発にあたる。当時濱田氏は知らなかったが、西武渋谷店の1968年の開店以降、後 …続きを読む
保坂武雄氏は1960年入社。池袋店婦人服イージーオーダー配属された。当時は既製服よりイージーオーダーや生地販売が大きかった。翌年、三島彰氏の調査室に異動し、63年に婦人服で規模拡大していた既製 …続きを読む
坂井直樹氏の活動は京都芸大の学生時代、憧れの刺青を祖母に禁じられた反動で刺青Tシャツを作って現在の京セラ美術館で発表した所、西武の山岡氏の所から200枚の発注を受け、その資金でサンフランシスコで刺青T …続きを読む
小池一子氏は西武のロゴを作った草刈順氏のJKストゥディオでコピーライティングの仕事を始め、知り合いの田中一光氏を堤清二氏に紹介し、堤氏と田中氏はすぐに意気投合、西武のデザイン事業が活性化していく。 渋 …続きを読む
鹿野順一氏は1962年、池袋1店舗の時代に入社。屋上にはヘリポートがあり、アランドロンが康次郎会長と共に社員食堂に来たり、007の初代アストンマーチン売場展示もあった。シャッターは手巻式だった。池 …続きを読む
二永展嘉氏は1979年西武百貨店渋谷店入社。学生時代がテニス部だった経験から、B館1階メンズ&スポーツカジュアルを担当。当時直輸入で都内でも殆ど無かったフィラ、エレッセ等テニスウエアが …続きを読む
1979年入社の田中彰氏はまず渋谷店紳士スーツ売場の販売、次いでB館1Fのカジュアル売場では常時プロモーションが求められ、マリンクリーンキャンペーンで湘南海岸の空缶を拾ってきて売場のゴミ箱に捨 …続きを読む
1983年入社の菊池正氏は西武船橋店紳士自主輸入商材売場に配属。87年ミラノ駐在に赴任。商材はエルビスのソニア、フェレ、アルマーニ等ファッションが9割で他に雑貨やワインアルファロメオとの契約等を担当 …続きを読む
1970年に慶応義塾大経済学部から、教授や財界人の父上の反対を押し切って入社した動機は、開成時代に関東に2店舗しかなかったVAN目当てに池袋店に通い、渋谷カプセルで倉俣環境と店内音楽に衝撃を受け、三島 …続きを読む
1975年9期直前、池袋店に同期100人と共に松下伸二氏は入社。婦人服プレタやカジュアルで売上計画をバイウィークリー企画化、エルビスに出向後、買付、値付け、処分までの計画をソニアリキエルに導入。エルビ …続きを読む
1984年に渋谷店に入社した堤真理氏は菊竹清訓氏設計の12階建ファッション館、渋谷シード館の2年目の1988年から勤務し、オリジナルの SEED by Designersフロアでジュンコシマダ、安部兼 …続きを読む
東京プリンスホテル地下1階の西武ピサは、島津貴子様の就職先でもあり、堤会長の母上で、歌人大伴道子でもあった堤操夫人の指導の下、エルメスなど一流ブランドの中でも特に選ばれた逸品が揃い、各界のトップの方々 …続きを読む
40年前に東京ファッションウィークを立ち上げ、イッセイミヤケの社長やクールジャパン機構の社長を歴任された太田伸之氏は、西武渋谷店がパルコと競って日本の若者文化を作り、日本で最初に海外ブランドを導入し、 …続きを読む
現在そごう千葉店の荻野さんは長く西武池袋本店の紳士オーダーサロンで活躍された。西武・そごうの紳士オーダーは三島由紀夫の盾の会の制服を作った五十嵐九十九氏のスタイル、スクエアショルダーでウエストを絞った …続きを読む
中嶋宏光氏は西武渋谷店コンポラックスで商品セレクションとセールスに長く携わってきた。以前在籍したシード館時代は、主に国内仕入だったインポートブランドは海外買い付けに進化したが、ここにしかないブランドの …続きを読む
1984年から西武百貨店とエルメス社の合弁会社エルメスジャポンに勤務。1992年に有楽町アートフォーラムで開催したエルメス「ラ・メール展」はその後続々と東京で開催されたハイブランドのブランディング展の …続きを読む
